短編小説:ありのママ【美姫さんvsあ・うん】

美姫さんvsあ・うん

「これから、話す言葉は『“あ”と“うん”』だけです。最初に話す人は『あ』しか話したらダメです。答える人は『うん』しか話したらダメです。みんなが何を話したいのか、ちゃんと理解してね。」と美姫さんが言い出す。

 

僕もお父さんも首をかしげる。

 

「どういう事?」と僕が聞くと「これからの世の中、思考力と表現力が大切になってくるから、それを鍛えようと思って。ショウのこれからの将来にも役立つし。こうちゃんと私は長い付き合いだから、もちろん、私が何言っているのか分かるよね~。」と少し脅し気味に美姫さんは言い、「それじゃいくよ~。“あ”。」と言った。

 

お父さんと僕は顔を見合わせる。お父さんの目が助けを呼んでいる。お父さんの言いたいことは分かったが、美姫さんの言いたいことは僕だってわからない。

 

だって、美姫さん真顔なんだもん。

 

「うん?」 と少し小声で僕は答える。すると、美姫さんは満面の笑みでこちらを見る。僕は、とりあえず笑い返す。美姫さんが親指を立てて『いいね!』と僕に返す。

 

良くわからないけど、通じたみたいだ。でも、美姫さんは何を言いたかったんだろう。

 

その後も、「あ」だけを言い続ける美姫さん。僕とお父さんは、美姫さんの行動に予測をつけて「うん」と答え、行動する。

 

お父さんが、美姫さんがいない所でこっそりと「ショウ、美姫さんが何言っているか分かって返事しているか?」と聞いてきた。「3分の1ぐらい?。いや、5回に1回ぐらいしかわからないよ。でも、適当に返事してたらなんか通じてるんだよねー。」と僕が言う。「あぁ。よかった。お父さんも一緒だ。」とお父さん。

 

美姫さんは、僕たちの思いとは裏腹にとても満足しているようだった。

 

美姫さんしか「あ」を使わないので、試しに僕が美姫さんに「あ」と言ってみた。すると美姫さんは、首を激しく振り「うん」と険しい表情で答えた。

 

えーっ。僕たちは「あ」は使えないの?

美姫さんに「あ」とは言えない空気が漂う。

 

表現力と思考力の特訓というより、“忖度”の特訓をしているみたいだ。

 

おわり