第136話 美姫さんvs奇跡
それは、突然おとずれた。
「あら、奥さん。奇跡って見たことあります?」と首・手首・耳とアクセサリーを“ドン”と付けた香りの強いオバサマが美姫さんに声をかける。
家に入る寸前だった。
いつもはインターフォン画面で、サヨウナラする人。
美姫さんがスローで振り返る。
えっ?絶対無視して家に入ると思ったのに……。
「奇跡なら見たことありますよ。」と満面の笑みの美姫さん。
僕の背中に悪寒がはしる。
その言葉に「あぁ……そう。」と残念そうな顔をするオバサマ。
奇跡を知ってたらいけなかったみたいだ。
「ほら、何か悩みは無い?ご主人が育児に参加してくれないとか、家事を手伝ってくれないとか。」とオバサマ。
「いいえ。全く。」と高らかに断言する美姫さん。
残念そうなオバサマ。
「身体の具合はどう?夜寝れないとか、疲れがたまりやすいとか。」とオバサマ。
「いいえ。全く。」と、さらに高らかに断言する美姫さん。
するとオバサマは「お母さん、いつも疲れてない?ため息が多いとか。」と僕に聞いてきた。
「いいえ。全く。」と即答する僕。
美姫さんが疲れてる所もため息をついている所も見た事が無い。
聞く相手を間違っている。
「ほら、何かあるでしょ。悩み。」とオバサマは食い下がる。
すると「強いて言えば、家に入れない事でしょうか。」と美姫さん。
オバサマの目が大きく見開く。
「そんな事ばかり言うと、罰があたるわよ。」とオバサマ。
「うちにバチはありませんから。」と冷静な美姫さん。
美姫さんそのバチじゃないし。うちには打楽器は無いけど。僕はおかしくなる。
オバサマはさらに目を見開き、フンと鼻息を鳴らすようにどこかに行った。
「何だろうね?」と僕が聞く。
「さぁ?人に悩みがあると嬉しいのかな?変な人だね。」と美姫さん。
「そうそう、美姫さんって奇跡体験したことがあるの?」と僕が聞く。
「奇跡体験?そんなのしたことないよ。」と美姫さん。
「だって、さっき『奇跡なら見たことあります』って言ったじゃん。」と僕がいうと
「ショウだって見たことあるじゃん。【奇跡】っていう字。習ったでしょ。」とニッコリと美姫さん。
あぁ、そういう意味ね。
僕と美姫さんは、家に入った。
おしまい