短編小説:ありのママ【美姫さんの行動スピード】

美姫さんの行動スピード

 

美姫さんは、本当にソファーから動かない。

 

動くといったら、ご飯を食べる時かトイレに行くときか寝る時。

 

読みたい本があるときも、テレビのリモコンを取ってほしいときもエアコンの温度を変えて欲しいときも全部、僕かお父さんに言う。

口ばっかりは、いっちょまえに動く。

 

「美姫さん。口ばっかりじゃなくてちゃんと行動も伴わないとダメだって先生が言っていたよ。」と僕が言うと

 

「ショウ。私は動いてるんだよ。」と美姫さんは言いだした。

 

「なにそれ。」と僕が聞くと

 

「ショウ、目に見えてるものだけが、全てじゃないんだよ。」と美姫さん。

「はぁ?」と僕が言うと

 

「人は人の見えないところで、努力してるんだよ。それがやがて身を結ぶ。」と神妙な面持ちで美姫さんが言いだした。

 

「何となく、わかるけど。」と僕が言うと

 

「でしょ。世界は見えないものの方が多い。大切なものは目に見えない。」と美姫さん。

 

「それと、美姫さんと何の関係がの?」と僕が聞くと

 

「私はね、めっちゃ動いているんだよ。」と美姫さん。

 

「は?」と僕が言うと

 

「ショウには見えないだけだよ。」と美姫さん。

 

美姫さんいわく、美姫さんの動きは僕にもお父さんにも見えないらしい。

 

「じゃぁ、なんで、一日中、家の様子は変わらないの?」と僕が聞くと

「誰も、動かせるとは言ってないでしょ。私の動いている所は、脳だからね。身体は、“イザ”って時のためにとってる。」と美姫さん。

 

美姫さんが、真顔で説明するから、屁理屈を真面目に聞いてしまった。

 

 「その“イザ”って時は、いつ来るの?」と僕が聞くと

「明日かな?」と美姫さん。

 

あぁ。永遠に来ない明日ね。*1