第189話 初めてのテレワーク
「ショウ。明日から仕事。」と、美姫さん。
「えっ?今、外出自粛だよ。行かなきゃいけないの?」と僕が聞く。
「いや、外には目に見えないウィルスがいるのに出てこいって危ないでしょ。だから、危険手当くれって言ったらくれなさそうだったから、テレワークにした。」美姫さん。
よろず屋のテレワークって何するんだろう??
その日の夕方、家に何やら機材が届いた。
新しいパソコンとその他もろもろ。
それをセットするお兄ちゃん。
「あれ?美姫さんの仕事じゃないの?」と僕が聞くと
「美姫さん、機械音痴だからね。」とお兄ちゃん。
確かに…電池が切れたのを“壊れた”って怒るぐらいだからね。
次の日、いっこうに仕事をする気配がない美姫さん。
「美姫さん、仕事は?」と僕が聞くと
「そうだね。そろそろしますか。」と昨日届いたパソコンを開き、何か動画を見始めた。
「何見てるの?」と僕が覗くと
「大人の汚い世界。」と美姫さん。
なんだ。よくわからないけど、そんな世界は興味ないや。
僕はゲームをはじめた。
その次の日もその次の日も美姫さんは同じことをしていた。
今回の仕事は大人の汚い世界を見ることが仕事なのかな?
美姫さんが仕事をはじめてから4日後、昨日とおなじようにパソコン画面を見終わった美姫さんが「明日、決行といきますか。」と言った。
という事は、今日までのは下準備?
次の日、電話が鳴る。
ソファーでゴロッとなっていた美姫さんが珍しく電話に出る。
何か要件を聞いた後「はーい。わかりました。」と言い
またパソコンに向かう。
そして、ポチッとボタンを押す。
音が消えて画面に何か映った。
そこにはギョッとしている男の人とその前にお店の制服を着たマネキンが立っていた。
「店長でーす。あっ、因みにこの会話は今後の何かのために録音録画させていただいてます。」と美姫さん。
はぁ?
『はぁ?』と男の人。
はぁ?だよね。僕も一緒だよ。
「要件はお伺いしました。“なんで朝、マスクを売らないんだ”とのお話でしたね。」と美姫さん。
不審な顔の男の人。
美姫さんは 続ける。
「貴方、日本語は読めます?お店の前に【今日からマスクは開店と同時には売りません】って書いてありましたよね。フリガナが必要でしたか?」と美姫さん。
『わざわざ、朝早くから並んだんだ。』と不貞腐れている男の人。
「貴方、日本語読めます?お店の前に【今日からマスクは開店と同時には売りません】って書いてありましたよね。フリガナが必要でしたか?」と美姫さんは同じことをもう一度言う。
『だから、朝早くからわざわざ並んでたんだ。今日ぐらい売ってもいいだろう。』と強い口調の男の人。
「では、『今日ぐらい』マスクを買わなくてもいいんじゃないですか?毎日毎日買われてますよね。それも家に備蓄している数を競い合って……、恥ずかしくないんですか?」と美姫さん。
えっ?美姫さんなんでそんな事知ってるの?
『そ、そんなの嘘だ。必要だから買っているんだ。』と男の人。
「メアリーがちゃんと聞いていたんですよ。知らないんですか?【壁に耳あり、障子にメアリー】入り口にメアリーが立ってましたでしょ。メアリーが全部聞いてたんですよ。」と美姫さん。
美姫さん、それを言うなら【壁に耳あり、障子に目あり】だよ。
男の人は何か思い出したのかギョっとした表情をした。
『お前じゃ埒があかん。店長を出せ。店長を。』とおじさんがいら立つ。
「私が店長ですよ。胸に書いてありますよね。」と美姫さん。
映像をよく見るとマネキンの洋服の右の胸にネームが付いており、【店長】と書いてある。
『なんで、マネキンが【店長】なんだ。おかしいだろう。お前はメアリーだろう。』と男の人。
「猫の駅長がいるように。ゆるキャラがいるように。わたしがこの店の店長でメアリーです。」と美姫さん。
『この店は頭がおかしいのか?』と男の人。
「いえ、いたって平常心ですが。」と美姫さん。
美姫さん、心の事を聞いてるんじゃないよ頭の事を聞いてるんだよ。
男の人は頭にきたのか、マネキンをポカっと殴った。
マネキンが倒れる。
「器物損壊ですね。警察呼びまーす。」と美姫さん。
『こんな店二度ときてやるか。』と男の人は帰っていった。
「はいはーい。二度と来ないでくださいね~。」と男の人の後ろ姿に言う美姫さん。
「もしかして、これが仕事?」と僕が聞くと
「そう、テレワーク。私の代わりにマネキンが出勤していたの。」と美姫さんは教えてくれた。
どうやら、毎日毎朝マスクを買うために並んでいた人達の仕切り役がさっきの男の人らしい。どれだけマスクの備蓄が出来たかを競い合っていたみたい。それを見聞きしていたのが、毎朝お店の前に立っていたマネキンのメアリーと言うわけ。美姫さんは毎日そのデータで情報収集してたみたい。
その日の夕方、仕事から帰ってきたお父さんが「美姫さん。報酬は、康夫さんにあげてきたからね。」とお父さん。
「えーっ。これで国から貰えるマスクをナイトマスクに出来ると思ったのに…」と残念そうな美姫さん。
どうやら、今日の報酬は使い捨てマスク一箱だったらしい。
「結花さん所は、病院だろう。マスクが無いって言って大変そうじゃないか。ナイトマスクは自分で作りなさい。」とお父さんは言った。
「…こうちゃん、サイテー。私が縫いものできないの知ってるのに。」と拗ねる美姫さん。
美姫さんに一度、体操服のゼッケンを頼んだら前身頃と後ろ身頃と全部縫い込まれて、着れなかったもんな。真っ直ぐも付いてなかったし。
その後、康夫さんから電話がきた。忙しい結花さんからの伝言だった。
“美姫。マスクありがとう。助かりました。落ち着いたら、何か食べに行こうね。何が良いか考えててね。”
「タンシチューとイカのお刺身にしてもらおう。」とニンマリとする美姫さん。
ナイトマスクはすぐに食べ物に負けた。
おしまい
※この短編小説ありのママは、フィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。